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太平洋戦争の犠牲者(死者数)

 
 太平洋戦争による日本の犠牲者・行方不明者の数はサイトや文献によっても変わってきます。しかし、一般的に言われているのは、太平洋戦争、その前の日中戦争を合わせると日本人の犠牲者・行方不明者は270万人〜300万人と言われています。

 もちろん戦場での死もあれば、原爆投下(広島原爆での死者は5年後まで入れると20数万人・長崎は10数万人)、空爆などのよって亡くなった方も多くいます。犠牲者、行方不明者の270万人のうち、軍人は174万人で残りの100万人は民間人です。

 では、日本の兵士はどこで死んだのか?

 イメージとしては、沖縄戦やアメリカ軍との戦い、中国での戦いと思われがちですが、実は、日本兵の大半は、東南アジアなどでの病死や餓死が多いのです。

 拳銃や空中戦で亡くなったのではなく餓死や病死です。意外ですよね。

 なぜなのか?インパール作戦といって日本軍がインド北東部インパールを攻めた時の作戦が有名ですが、なんと制空権もなく食料、弾薬の補給もない無謀な作戦で兵士を送り込むという無謀な作戦がたてられました。もちろん大敗です。

 まるで将棋の駒を動かすがごとく、地図上で「こっちの軍をこっちに動かして敵をやっつけよう!」みたいな作戦がたてられるんですね。なにしろ、作戦をたてて指揮をとる軍上層部は東京の大本営にいながらの指揮です。でも、実際に行動する軍人たちは、その作戦通りには動けません。実際には、地図にない崖や沼、森なんかがあるので無理なんですね。そのような無謀な作戦のせいで多くの犠牲者が戦いの場以外でも死んでいったんです。

 ちなみに270万人以上も死者、行方不明者が出たのであれば日本の人口は減ったと思いがちですが、これも違います。

 戦時中、日本が支配していた台湾や朝鮮半島には多くの日本人がいました。また東南アジアや中国にお兵士や民間人が多くおり、彼らが帰国したんです。その数、なんと600万人。

 戦後、日本の人口は一気に600万人も増えたんですね。