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大御所政治


 大御所政治(大御所時代)とは、寛政の改革(松平定信の財政再建)と天保の改革(水野忠邦の幕政再建・強化)の間の時期をいいます。

 寛政の改革と天保の改革の間の時期ですが、なぜ、この時代は〇〇の改革といわないのか!まぁ、改革という改革をしていないんですね。改革を放棄しちゃっている時期です。

 当時、実権を握っていたのは、徳川家斉(いえなり)。

 この人は、政治経験が殆どないまま、14歳で11代将軍に就任するんですね。そんな時に活躍していたのが、親戚の松平定信。実際、家斉よりも家柄がエリートで白河藩主としても実績があり、老中首座、将軍補佐として寛政の改革を行います。ただし、この改革は6年で断念・・・。

 しかし、この頃には、家斉も20歳。さぁ、どんな改革を打ち出すのかと思いきや・・・。基本的に放置なんですね。どのくらいの時期かというと50年ほど・・・。

 それどころか、40人以上もお嫁さんをもらって子供も50人以上・・・。この子供たちの生活費でも幕政は厳しくなります。さらに天保の飢饉なんかも起きて、民衆も役人も不平不満が起こり始め、1837年には大阪町奉行所の元役人、大塩平八郎の乱が起こります。さらに連鎖するように新潟では生田万という学者も反乱を起こします。

 1787年に将軍になり1837年やっと将軍職を家慶に譲ったかと思ったら、なんとその後も”大御所”として実権を握り続ける始末・・・。

 なので、この時代を大御所政治というわけですね。

 結局、1841年に亡くなるまで実権を握りつづけ、その後、水野忠邦が実権を握り、天保の改革を行い、それまでの政治を否定するわけです。