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歴史年代ゴロ合わせ暗記>戦争について考える〜防衛庁が防衛省になった理由

防衛庁が防衛省になった理由


 若い方だとわからないかもしれませんが現在の「
防衛省」は2007年7月まで「防衛庁」という名称でした。

 簡単に言うと防衛庁が防衛省に昇格したってことです。しかし、「庁」から「省」になって何がどう変わったのでしょうか?

 防衛庁というのは、内閣府の外局という扱いでした。日本の役所って財務省とか外務省とかって「省」が付きますね。これらは、独立した組織です。しかし、防衛庁は内閣府に所属する組織だったんです。

 財務省の主任大臣は財務大臣ですね。防衛庁の大臣は内閣総理大臣が主任大臣ということに法律上はなっていたんです。まぁ、実際の防衛庁のトップは防衛庁長官が務めていたわけですけどね。

 ですが、これでは、総理大臣を通してでないと閣議を開くことを決めたり、予算を要求したりもできない。

 そこで、防衛庁から防衛省に昇格させてあげましょうってことになったんです。これが2007年のこと・・・。多くの人は忘れてしまってますよね。

 当時、一部の人がちょっと心配していたのが「それじゃ、自衛隊に命令するのは、総理じゃなくて防衛大臣になるの?自衛隊が勝手な行動しない?」ということでした。しかし、自衛隊の最高指揮官は現在も内閣総理大臣ですので心配ありません。実際のところ、防衛庁が防衛省に変わって大きな変化というのはあまりなかったんですね。閣議開催要求も結局閣議を開くのは総理なので、どっちみち総理を通して出ないと閣議は開かれませんしね。

 さて、やっと本題に入りますね。

 当時、防衛庁から防衛省に変わる時に盛んに言われていたのが緊急事態の時に迅速に対応できるようになるというメリットでした。

 防衛大臣が直接閣議を開くことを要求できるので、切羽詰まった時など時間のロスが少なくなるということです。まぁ、実際のところは画期的な時間短縮とまではならなかったようですが、まぁ、そういうメリットを打ち出していたんですね。

 また、その後、海外派遣などに対する「恒久法」の制定というのが盛んに騒がれていた時期もあります。

 当時は、自衛隊の海外派遣が多くあり、その都度「イラク特別措置法」「テロ対策特別措置法」なんかの法律を国会審議にて議論して制定し、自衛隊が派遣されていたわけなんですが、まぁ、時間が掛かる・・・。なので、個別に法律を制定するのではなく、恒久法でいつでも自衛隊が海外に派遣できるようにしよう!という議論です。

 そして、2015年に安全保障関連法(集団的自衛権)ですね。

 太平洋戦争の敗戦から時間も経ち、徐々に迅速な対応ができるように日本もできるようになってきています。

 そして、憲法改正の日も近いのかもしれません・・・。

 しかし!戦後、日本では、なぜ防衛省や国防省をつくらず、わざわざ防衛庁として防衛庁長官と総理の2重チャックができる体制にしていたのか?海外派遣の際やアメリカを含む他国がピンチの際にも助けることもできぬような憲法ができたのか?これらのことは、決して忘れてはならないことです。

 他国からの脅威が強くなってきているというのであれば、今一度、戦争の愚かさ、悲惨さを伝えていくことが必要となってくるのでしょうね・・・。