織田信長はなぜキリスト教を保護したのか
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織田信長といえば、比叡山延暦寺の焼き打ち、一向宗徒の皆殺し、法華宗への弾圧などなど神をも恐れぬ宗教弾圧を行っております。さらには自信が絶対神の地位となり、天下を統一しようと考えていたはず・・・。
なのにキリスト教だけは保護しています。なぜなのでしょう。
ひとつは、日本の仏教教団に対抗させるためといわれています。
そして、もう一つ、信長はキリスト教を保護することでヨーロッパの情報や鉄砲などの兵器や軍船を手に入れようと考えていたのです。
信長はルイス・フロイトに1569年に初めて会って以来、他の宣教師も含めると40回ほど会見しています。
実は、ポルトガルやイタリアのイエズス会の宣教師は軍人経験者が多くいたんです。それらの人物から最新の情報を得ることを望んだんですね。
当時のヨーロッパのカトリックの国では、政治と宗教が一体の国が多くありました。ですから、キリスト教を弾圧してしまうと交易ができないんです。
九州の大友宗麟なんかは、交易のために自らが洗礼まで受けています。
信長もキリスト教を保護することでヨーロッパから最新の武器を多く手に入れることを目論んでいたんですね。
しかし、あくまで手段としてのキリスト教の保護。信長自身はキリスト教をまったく信じようとはせず、自身が神となり天下統一を目指します。
自身が神になるなんてスゴイ強欲!って考えますけど、神になろうとした人物は歴史上、多くいます。
天武天皇は、歴史書の編纂を支持し、天皇の先祖を神としましたし、豊臣秀吉も死後は神として祭られることを望み豊国大明神として豊国神社に祭られています。徳川家康も東照大権現として久能山東照宮、日光東照宮に祭られていますね。
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