歴史年代ゴロ合わせ暗記  

歴史年代ゴロ合わせ暗記ロシアの歴史>モスクワ大公国

   

モスクワ大公国


 ロシアは、13世紀半ばから200年あまり、モンゴル勢力のキプチャク=ハンの支配下にありました。このキプチャク=ハンにて功績が認められて1328年に独立を果たしたのがモスクワ大公国でした。

 しかし、独立したとはいえ、まだモンゴル勢力の支配下にあることには変わりありません。ですが,
モスクワ大公国は
イヴァン3世(在位1462〜1505年)が即位すると周辺諸国を次々に併合し15世紀にはキプチャク=ハンから自立を果たすことになります。

 このイヴァン3世は1472年。1453年に滅亡したビザンツ帝国(東ローマ)の姪と結婚し、ビザンツ帝国の後継者を名乗るようになります。そして、世界の支配者たる皇帝といった意味での称号。
ツァーリという称号を使い始めるようになります。(当時はまだ馴染みが浅かった為か、常用はしていなかったようですが)

 16世紀初頭のモスクワ大公国
 


 16世紀には「雷帝」とあだ名された
イヴァン4世が登場します。彼の時代からは、国力も増しツァーリの称号を積極的に使っていったようです。この雷帝・イヴァン4世は恐怖政治を推し進め、ロシア型の絶対王政の基礎を築いていきます。

 また、コサックの首領イェルマークにシベリア探検を命じ、シビル=ハンを征服します。このシビルはシベリアの語源になってますね。コサックというのは、コサックダンスでお馴染み、あのコサックです。彼らは騎馬に長じた戦士の集団ですよ。

 モスクワ大公国の最盛期を支えたイヴァン4世でしたが、彼はなんと自分の息子を誤って殺してしまうんです。そして、その3年後、失意のうちに亡くなることになります。

 イヴァン4世が後継者に見立てていた次男を自ら殺してしまい、代わりに後継者として名前があがったのがフョードルという人物。しかし、彼も雷帝の後を追うように死亡(暗殺説もありますが)。

 そして、その後は、帝国争い、農民反乱、ポーランドの侵入などがあり、この地は大混乱におちいることになります。

 この状態にロシア人たちは結束し外敵に対抗する一方で有力者を集め全国会議を開きます。

 この会議にて皇帝に選ばれたのがイヴァン4世の姻戚にあたるミハイル・ロマノフです。

 これによりロマノフ朝が成立することになります。

ロシアの起源

ロマノフ朝