歴史年代ゴロ合わせ暗記  

歴史年代ゴロ合わせ暗記>ミレー(種をまく人)(晩鐘)(落穂拾い)

ジャン・フランソワ・ミレー


 ジャン・フランソワ・ミレー(1814年〜1875年)といえば、農民画家と呼ばれるように「種をまく人」や「晩鐘」、「落穂拾い」といった労働の厳しさや尊厳を描き出す作品で有名です。

 このミレーはフランスのシェルブール郊外の裕福な農家の家に生まれました。彼は、祖父の後押しを得てパリの国立美術大学に入学。1841年に良家のポーリーヌと結婚しますが、わずか3年後に結核のために彼女は亡くなってしまいます。

 その後、貧しい農家の出身で家政婦をしていたカトリーヌと再婚。しかし、「身分が違う!」とミレーの家族は、この再婚に大反対。ミレーとカトリーヌは駆け落ち同然でパリに出ます。

 その後、子供にも恵まれ一家はバルビゾンに移り住み1845年に「種をまく人」を発表します。

 

 この作品は父の働く姿を思い起こして描いたとされ同テーマの作品は計5点存在します。

 「種をまく」というのは、キリスト教での布教を意味しているといわれており、確かに単なる農作業ではない躍動感を感じさせる作品です。

 実は、この時点ではミレーは、まだカトリーヌと結婚をしておらず、結婚したのは祖母や母が亡くなった後の1853年の事。祖母や母が最も二人の結婚に反対していたので彼女らが亡くなってから正式に結婚し、子供たちを認知しております。

 その後、1857年に「落穂拾い」を描きます。



 この作品は旧約聖書に登場するルツとナオミの物語を主題としており、夫にも息子にも先立たれたナオミを次男の嫁で未亡人となったルツが落穂拾いをして支えているというエピソードです。姑と嫁が仲良く支え合っているという主題は、自分自身の妻と姑もこうであって欲しかったという願いが込められているのではないかと推測する人もいます。



 同時期に描かれた「晩鐘」は、農夫婦が晩鐘の音を聞き農作業の手を止めて祈りを捧げているシーンを描いたものですが、これは祖母がいつも晩鐘をきくとこうしていた姿を思い出して描いたとミレーは言っています。

 自身も農家の家に育ったことから農民の絵を描き続けたミレー。その農民の姿に宗教的な意味や自身や家族に対しての願いを込めて描いていたんですね。