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禁酒法

 
 禁酒法とは、1919年にアメリカ合衆国憲法(修正第18条)によって成立しました。禁酒法といっても法律ではなく、憲法で成立されたんですね。

 ちなみにアメリカの憲法は改正しようとした場合、修正第○○条としてどんどん付け足していくんです。ですから、禁酒法はアメリカ合衆国憲法(修正第18条)で成立します。

 さて、その内容を見てみましょう。

 アメリカ合衆国憲法(修正第18条)

 第一項:この修正条項の承認から1年を経た後は、合衆国とその管轄に服するすべての領有地において、飲用の目的で酒類を製造、販売、もしくは輸送、またはこれらの地に輸入、もしくはこれらの地から輸出することは、これを禁止する。

 第二項:連邦議会および各州は、適切な立法により、この修正条項を実施する権限を競合的に有するものとする。

 どうでしょう?よくわからないですね。

 
禁酒法とは?

 まず、いわゆる禁酒法では、お酒を飲むことは禁止されていないんです。製造、販売、輸入、輸出などが禁止です。まぁ、実質、作れもしなければ販売もしてないので飲めませんけどね。

 また、合衆国とその管轄に服するすべての領有地というのは、ハワイやグァム島ですね。当時、これらの地域はまだアメリカの正式な州にはなっていなかったんですね。

 また、第二項がよくわからないと思いますが、禁酒法は憲法で禁止はされていますが、これでは法律で裁けません。ですから、「憲法でお酒を作ったりするのを禁止したから後は、各州で法律を作ってね」ってことです。なので州によって罰則が厳しいところがあれば、そうでもない州もありました。

 さて、ところで禁酒法ってそもそもなぜ出来たのでしょう?

 
禁酒法はなぜ出来た?

 アメリカは、そもそもヨーロッパから色々な考えの人が集まって出来た国ですよね。その中には敬虔なキリスト教徒の方たちもいます。そういった人達が我を忘れてお酒を飲んで騒いだり、暴れたりする人達に怪訝な目を向け、酒なんて飲ませるな!と以前から訴えていたんです。

 また、酒場では、道徳的でないことも行われていたり、アルコール依存症の人や昼間から仕事中に酒を飲む人なんかもいるんで禁酒を訴える声も多くありました。

 キャリー・ネーションという女性は、小さな斧を片手に酒場にて酒瓶を割って歩くという過激な方法で禁酒を訴えています。

 

 そのように以前から禁酒の声はあったんですね。しかし、なぜ1919年になって憲法で禁酒法が成立したのか?

 第一次世界大戦ですね。兵士が必死に戦っているのに本土で酒で飲んだくれてていいのか?という声もあり、禁酒法が成立したわけです。

 
禁酒法成立後

 禁酒法が成立し、お酒が飲めないとなるとどうなるのか?

 こっそり飲むんですね。禁止されているのはわかっていても飲んじゃう人もいれば、売る人も出てきます。これで有名なのがマフィアのドン!アル・カポネです。



 酒を密造して売りまくるんです。さらには、その密造販売を独占しようとマフィア同士の争いも起こります。

 FBIのエリオット・ネスらの活躍によりアル・カポネは逮捕されますが、禁酒法によってむしろ犯罪増えてない?ということになり、1933年に禁酒法の禁止となります。

 
禁酒法のその後

 禁酒法によってマフィアが力をつけ、犯罪は増え、さらに体に害のあるような酒まで裏で販売。また、以前は酒から得ていた税金などもなくなり、そのシワ寄せが来ていた企業などからの訴えもあり、1933年禁酒法の禁止となります。

 アメリカの憲法は修正したものを消すことは出来ないので禁酒法を禁止。つまり、修正第18条を修正第21条で禁止という方にになります。当時の大統領はフランクリン・ルーズベルトです。

 ですが、憲法ですので禁酒法成立時と同様、法律は各州に任されています。ですので、今でも郡によっては禁酒法のなごりでお酒を飲めない地域がアメリカにはあります。