伊能忠敬は超金持ちだった
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江戸時代に正確な実測をして日本地図を完成させた伊能忠敬(いのう ただたか)。学校で習いましたね。
しかし、この伊能忠敬という人。結構なお金持ちだったことはご存知でしょうか?
もともとの伊能忠敬は商人です。養子として入った商家を繁盛させ、50歳になったころに商売は子供に任せて江戸に勉強にでます。そして、測地、暦法などを学び56歳から全国を測量して歩きました。
56歳から72歳までの17年間で歩いた距離はおよそ4万3000キロ。地球1周よりも歩いているんです!
まぁ、当然、毎日歩いて測量をしたわけではなく実際の測量を行った日数は3700日ほどといわれていますので1日に平均では11.6キロ歩き続けたことになります。しかも、単純な平地だけではありません。危険な場所も多くあったことでしょう。
しか〜し!17年間もの間、仕事もせずに毎日歩いているわけです。当然、宿なども必要ですし、当初5人のお供を連れて測量していましたのでその人たちの食べるものなんかも用意しなければなりません。
いったいどれくらいのお金が必要だったか?実際に伊能忠敬が投じた私財は1万両以上だったといわれています。1万両というと今の貨幣価値で6億円くらいです。結構な有名企業の社長さんくらいの貯金があったんですね。
途中からは幕府が支援を始め人数は20人ほどに増えますが、その為もあってか支援してもらっているお金だけでは足りなかったんでしょうね。
さらにお金の出費だけではなく、日本を歩いて実測し地図を作るという作業は過酷を極めていたようで伊能は日記の中に自分よりも若い人が亡くなったという内容を幾度となく嘆いています。
しかしながら、お金のためでもなく、命を削る努力も惜しまなかったからこそ芸術的とまで言われた精密な地図を完成させることができたのかもしれませんね。
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