江戸時代の天皇の生活って?
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江戸時代の天皇は、どんな生活をしていたのでしょう?「禁中並公家諸法度」により江戸幕府からの支配を受けていたことは教科書で習っていますけど、大政奉還がもたらされるまでの間は、教科書に殆ど天皇の名は出てきませんよね。
江戸時代の天皇は、幕府から禁裏御料3万石を寄進されていました。ん?たった3万石・・・。少ない・・・。徳川幕府は800万石。加賀は100万石ですから小大名程度の財政基盤しかなかったわけですね。
しか〜し!天皇には、特権があったんです。
普通、大名なら家臣に払う給料のほか、江戸への参勤交代やら自腹を切っての土木事業やらを行わなければならなかったんです。もう、それだけで財政はギリギリです。
ですが、天皇の臣下には、禁裏御料とは別にお給料が払われるので天皇はぜんぜん懐が痛まない・・・。しかも、もちろん参勤交代もないし、大名のように幕府の命令で土木事業など行う必要もないんです。
もう、3万石はほとんど好きに使っていいんですね。
しかし、天皇は外部との接触を徹底的に管理されます。
京都の伏見にある醍醐寺へ花見に行く際にも幕府からの許可が必要であったほどです。
では、普段はどのような生活を送っていたのかというと「禁中並公家諸法度」に天皇の役割が定められています。「およそ禁中作法は、まず神事、他に他事」とし、神事こそが天皇の行うべき仕事であるとされています。つまり、国民のために神にお祈りを捧げる祭事などがおもな役割とされていました。
天皇は、朝起き、身支度を整えると清涼殿の石灰の壇にて伊勢神宮の方向を向き「天下泰平、子孫繁栄」といった祈りを毎日行っておりました。
1687年には200年以上中断されていた大嘗祭が復活し、新嘗祭など現在も行われている重要な神事も江戸時代には行われています。
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