歴史年代ゴロ合わせ暗記 

歴史年代ゴロ合わせ暗記>暴力的なデモ

暴力的なデモを福沢諭吉の観点から

 
 世界では、国の政策などを強く批判し時には暴力的なデモで訴えかけることがあります。

 イギリスの哲学者ジョン・ロックは「抵抗権、革命権は人間の自然な権利だ」といっていますが、本当に暴力で訴えることは時に必要なことなのでしょうか?

 『学問のすすめ』で有名な福沢諭吉は武力による革命には否定的な意見を示しています。

 福沢諭吉曰く、政府の暴政に対して、我々国民が行える対抗手段は3つあるといいます。

 @おとなしく政府に従う
 A武力で政府に抵抗する
 B正理を守って身を棄てる

 このうちBが国民がとるべき「上策の上」だと述べており、理をもって政府に迫れば、それは政府のことを思い進言しているのであって政府に迫害されることはないと述べています。

 もし、今年言って用いられないようであれば、翌年また言うべきであり「力で政府に抵抗すれば、政府は必ず怒りの気を生じ〜」「益々暴政を張り、その非を遂げんとする」といいます。また、力と力でぶつかり合えば結局は力の強い方が勝つことになってしまうので「如何なる暴政の下にいて如何なる苛酷な法に苦しめらるるも、その苦痛を忍びて我志を挫くことなく、一寸の兵器も携えず片手の力を用いず、ただ正理を唱えて政府に迫ることなり」と説いております。

 福沢諭吉は、現在でも有名な赤穂浪士の討ち入りにおいても、吉良邸襲撃は明らかに過ちであり、まず、不公平な裁定を下した幕府に対して浪士の代表が抗議を行って、その者が処刑されたなら、次の者が同じことを直訴し、その者も殺されたら、また次の者が直訴へ向かうべきであるといいます。そうすれば、四十七士の全員が死ぬ前に幕府も考え方を変えるだろうし、そういった死こそが本当の尊い死であると説いています。

 ただ、何もしないのと暴力で訴えるのとではどちらが「上策」なのか?福沢諭吉ならなんと答えるのでしょうか?