歴史年代ゴロ合わせ暗記  

歴史年代ゴロ合わせ暗記>フェルメール



 

フェルメール作品に隠されたメッセージ


 フェルメールは、43歳で亡くなっており、現存する作品がわずか35点といわれています。

 初期の作品では、マルタとマリアの家のキリストが有名ではないでしょうか?

 

 
<マルタとマリアの家のキリスト 1654-1656年頃>

 フェルメールの唯一残る宗教画であり、新約聖書のルカ伝の物語を描いたものです。姉妹の家を訪れたキリストを姉は一生懸命にもてなし、妹は手伝いもせずにキリストの話に夢中になっていたが結果としては妹のマリアが正しい道を選んだとする物語の一場面です。

 真ん中の女性がマルタ(姉)なわけですが、物語では脇役の彼女がど真ん中という構図。絵を見る人がまず、目を向けるのは中央の彼女。つまり、マルタですね。中央の白いクロスとマルタの白い服とで自然と中央に目がいってしまいまうはずです。その後、視線は彼女が目を向けるキリストに行くでしょう。そして、キリストが指で指し示す、マリアへと視線が移っていくと思います。見る人の視線が1人1人に誘導されていくことで物語の場面が見る側に浮かんでくるように構図がとられています。

 また、後に光の構図で有名になるフェルメールですが、当時から明暗の表現は得意であったのがわかりますね。白いテーブルクロスやマルタの白い服なんかは明暗によって輝いているようにもみえます。

 

 
<牛乳を注ぐ女 1660年頃>

 フェルメールの代表作の一つである牛乳を注ぐ女。部屋でメイドが硬くなったパンに牛乳を注ぐ様子を描いたものです。日常にあふれた場面を切り取りながらも、そこに描かれた窓から差し込む優しい光、そして、静寂の中、注がれる牛乳の音だけが聞こえてくるよなリアリティを感じ取れると思います。

 光の魔術師といわれたフェルメール。なぜ、このような見事なやわらかな光を描くことが出来たのかというと一説にはカメラを使ったともいわれています。

 ポワンティエという手法ですが、光の反射やハイライト部分を小さな白い斑点で表現することにより、あたかもそこが光り輝いているかのように感じさせる技法です。牛乳を注ぐ女では陶器や籠、パンや水差しなどに光の粒が見てとれます。

 本来なら人間の目でこの光の斑点を見ることは出来ません。ですから、箱型のカメラを使ってレンズを通して映し出された画像をなぞってスケッチするんですが、ピントをあえてずらすことにより、光の当たっている場所に斑点を生じさせる手法があるんですね。この手法をフェルメールも使っていたのではないかともいわれています。

 ちなみに、この牛乳を注ぐ女以外にもフェルメールは左側の窓から光が差し込む部屋の絵を好んで何枚も描いています。

 

 
<紳士とワインを飲む女(ぶどう酒のグラス)  1661-1662年頃>

 床が市松模様ですね。この市松模様の床もフェルメールの作品では多く使われています。置くにしたがって小さくなっていく市松模様。これにより画に奥行き感を与えるわけですね。

 描かれた男性と女性は恋人同士にも見えますが、どうなんでしょう。男性は、女性に視線を向け何か話しかけながらワインを進めているように見えますが、女性はまっすぐ窓の方を向いています。ある程度の距離感も二人の間にはあるように思えますね。

 椅子には、楽器のリュートが置かれていますが、音楽は「愛」を暗示しているため、これで男女の愛を示唆しているともいわれています。

 また、窓はステンドガラスが使われていますが、これは馬具の手綱を持つ女性が描かれているため、二人の間の愛を戒める意味があると読み取る人もいます。

 

 <真珠の耳飾りの少女・青いターバンの少女 1665年>

 フェルメールの代表作。もっとも有名な作品ではないでしょうか?青いターバンの少女とか真珠の耳飾りの少女とか言われている作品ですね。

 振り返った少女の一瞬をとらえたような作品ですが、潤った瞳とあざやかな唇に多くの人が魅了されてきました。

 また、この作品では色の数が極端に少ないんですね。背景は黒、そして、ほとんどの部分が黄色とそしてターバンの青で占めています。黄色の青は補色の関係では対比の色ですね。だから、青が非常に目立つわけです。まさに計算しつくされているんですね。

 
 
 
<デルフトの眺望 1660年頃>

 現存ずるフェルメールの風景画の2つの内のひとつで評価が高い傑作。フェルメールの生まれ故郷であるデルフトの町を南西の方角から描き出したもので、左奥に旧教会の尖塔、その手前にスキーダム門、右側に張り出したロッテルダム門、その奥には現在武器博物館となっている建物の赤い屋根、そして武器博物館の右に新教会の白っぽい尖塔が描かれています。この作品により風景画家としてのフェルメールの名を不動のものとしました。

 

 
<天秤を持つ女 1662-1663年頃>

 かつては、「金貨を量る女」とか「真珠を量る女」と呼ばれていた作品。天秤を持つ女性が何を量っているのかわからずにそう呼ばれていました。ところが、近年、電子顕微鏡で天秤の皿に何がのっているのか拡大して確認したところ、実は、何も皿にはのっていないことが判明します!

 このことにより、フェルメールがこの画に込めたメッセージが解き明かされていくことになるのです。

 女性の背後に飾られた絵画は「最後の審判」を描いたものであると思われます。これは、新約聖書に書かれた概念であり、世界の終わりが近づくと死者は復活し、魂の重さに応じて天国に行くか地獄に行くかをキリストが裁くというもの。

 この最後の審判の絵を天秤を持つ女性の上半身によって一部が隠れていますね。その隠れている部分に描かれているのは、おそらく大天使ミカエルなのではないかと推測されています。大天使ミカエルは魂の重さを量る役割を与えられているので天秤を持つ姿で描かれることが多いんですね。

 つまり、この女性は大天使ミカエルに見立てられて描かれているのではないかといわれています。

 しかし、持つ天秤は水平を保っており、どちらにも傾いていません。なぜなのでしょう?

 よく見ると、女性のおなかが膨らんでいることに気づきますね。そう、妊娠中なんです。つまり、これから生まれてくる子供の魂は無垢な状態であり、罪を背負っておらず、善悪のない状態であるというメッセージなのではないかという解釈が現在一般的です。

 

 
<キリストと悔根の女 贋作>

 最後にちょっと小話ですが、1945年にフェルメールの作品とされていたキリストと悔根の女がドイツのゲーリングという高官の妻の居城から発見されるという事件が起こります。フェルメールの作品はオランダにとっては国宝級のもの。それがナチスに売り渡されていたとなると一大事です。

 この作品を売り渡したハン・ファン・メーヘレンは反逆罪として起訴されました。

 ところが、このメ―ヘレン。「いや、あの作品は実は贋作で自分で描いたものです」といいだします。

 それどころか、あの作品だけでなく「エマオのキリスト」という当時オランダ絵画のなかでは最高値で取引された作品や「ヴァージナルを弾く女と紳士のいる風景」という作品なんかも自分が書いたものだといったのです。

 しかし、そんなの当然皆が疑うわけですが、メ―ヘレンは法廷で実際に描いてみせました。これで検察側も納得。メ―ヘレンは反逆者からナチスの目を欺いたヒーローとなり、1年の実刑のみで許されます。ただし…。獄中で亡くなってしまうんですけどね・・・。