歴史年代ゴロ合わせ暗記  

歴史年代ゴロ合わせ暗記北海道と沖縄の歴史

   

北海道と沖縄の歴史 

 
 
北海道の歴史

 北海道はかつて「
蝦夷地(えぞち)」と呼ばれていました。そこに住むアイヌの人々は、魚をとったり、狩猟をしたりといった生活を営んでいました。

 15世紀ごろになると、日本の和人が徐々に北海道に移り住んでいくようになります。そして、和人とアイヌの間で抗争が繰り広げられていくようになるのです。

 1457年、アイヌの首長
コシャマインは、和人に対して蜂起しますが、、蠣崎信広(かきざき のぶひろ)によって鎮圧。そして、豊臣秀吉は、この蠣崎氏に北海道の支配権を認めるようになります。

 江戸の世になると1604年、蠣崎氏は松前と改名し、徳川家康から交易交渉権を保障され北海道に松前藩を開きます。これにより、北海道に
松前藩が成立するわけです。

 その後、1669年には
シャクシャインの戦いといわれる抗争にてアイヌと松前藩は激突。これは、松前藩がアイヌとの交易において、明らかにアイヌに不利な条件であった為に首長シャクシャインが反乱を起した戦いです。この戦いに勝利した松前藩の力は、さらに強くなり北海道全土に及ぶようになります。

 そして、1807年に幕府は北海道全土を幕府の直下地としました。

 明治になると政府は蝦夷地を北海道として改めます。開拓のため北海道開拓使という役所を置き、東北から屯田兵(とんでんへい)を集め、彼らに開拓と国防を請け負わせました。明治維新前後の人口はアイヌが2万人ほど、日本人が10万人ほどだったと推定されますが、半世紀の後には北海道の人口は230万人へと膨れ上がっていくのです。


 
沖縄の歴史

 1429年、それまで沖縄には北山、中山、南山の3つの国が分立していましたが、中山の尚巴志(しょうはし)によって統一されました。これが
琉球王国の誕生です。

 後に琉球王国は、家臣の尚円によって政権を奪われ、王統が交代することになりますが、その後の琉球王国は、貿易により最盛期を迎えます。

 しかし、1609年に徳川家康の許可の下、薩摩藩の島津氏により琉球は征服。とはいえ、その頃はまだ、薩摩藩と清との二重統治下にありました。

 明治になると、1872年、政府は琉球藩を設置しますが、清はこれを認めません。ところが、ある事件をきっかけに琉球王国は幕を閉じ、日本の領土となるのです。

 琉球の島民66人が台湾に漂着し、その内54人が台湾の住民によって殺されてしまう事件が起きていたのですが、その事件に日本は琉球を自国の領土とみなす立場から台湾に出兵します(
台湾出兵)。1874年のことです。

 その後、日本は清との交渉で琉球人が日本人であることを認めさせ、賠償金を貰います。

 1879年には島民の反対を押し切り、政府は沖縄県を設置。この琉球王国が幕を閉じ、日本の領土となったことを
琉球処分(りゅうきゅうしょぶん)といいます。

沖縄の歴史 



琉球処分