歴史年代ゴロ合わせ暗記  

歴史年代ゴロ合わせ暗記版籍奉還と廃藩置県

   

版籍奉還と廃藩置県 

 
 ●版籍奉還(はんせきほうかん)

 江戸時代が終わりを告げ、明治新政府は天皇を中心とした新しい国家体制を整えようと考えます。それには、日本中にある各藩が邪魔です。

 江戸時代の頃は、各藩が各々独自の財政で独自の法律で動いていた政治体制でした。よって、力のある藩もあれば、力のない藩もある。また、各藩同士で考え方が違い、幕末には藩どうしでいがみ合っていたりもしました。

 江戸時代のように鎖国をしていれば、これでも成り立っていたのですが、開国し武力の強い国々と対等に渡り合っていこうと考えた場合、国の中で考え方や法律、武力がバラバラでは話にならない。

 そこで明治政府は、
中央集権。つまりは、天皇を中心とした一枚岩の国家体制を整えようと考えたわけです。

 そして、天皇に土地(版)と人(籍)を返還するよう各藩に命令を出します。これが、
版籍奉還です。しかし、そんな都合の悪いこと、藩主たちが簡単に納得するはずもありませんので、明治政府は明治維新の功労者であり、明治政府でも役職者が多い、薩摩、長州、土佐、肥前の4藩だけにとりあえず版籍奉還をさせるという方法をとります。1869年1月のことで、まずは力の持った藩が手本を見せた上で、その半年後には各藩に版籍奉還をさせるという2段階作戦です。

 これにより、土地と戸籍(人民)は新政府が統治するという一定の成果を得ることができました。

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廃藩置県(はいはんちけん)

 版籍奉還後、新政府が土地と戸籍を管理できるようにはなったものの、藩主は呼び名が
知事藩と変わったくらいで今まで通り藩によりバラバラの政治が続いていました。

 これではダメだ!と新政府は次の行動に移します。今度は藩ごとなくしてしまえというのです。1871年のことで、これを
廃藩置県(はいはんちけん)といいます。藩を廃止して県を置く・・・。その名の通り、藩をなくし、新しく出来た3府302県が置かれたのです。

 旧藩主たちは東京に集められ、新政府が選んだ都合のいい人間を
県令府知事として各地域に送ります。

 この廃藩置県は非常に大きな出来事でこの中央主権化に成功したことにより、後にヨーロッパ、アメリカらの国々と肩を並べるきっかけとなる要因の1つとなるのです。


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