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天皇暗殺計画は本当だったのか?大逆事件

 大逆事件にて死罪となった人々
幸徳秋水(41歳)  内山愚童(38歳)
菅野スガ(31歳) 新見卯一郎(33歳) 
森近運平(31歳) 松尾卯一太(33歳) 
宮下太吉(37歳)  成石平四郎(30歳) 
新村忠雄(25歳)  大石誠之助(45歳) 
奥宮健之(55歳) 古川力作(28歳) 
 
 大逆罪とは天皇やその親族へ危害を加えようとする犯罪のことをいいます。

 この大逆罪が始めて適応されたのが、1910年(明治43年)の事件でした。ことの始まりは、宮下太吉という37歳の機械工の人ら4名が爆発物取締罰則違反で捕まったところから・・・。

 なんと、この事件が明治天皇暗殺計画の準備であったとの自白があり大騒ぎになります。そして、彼の交友関係をあらい26名が非公開の裁判にかけられ、その内12名もの人が死刑となりました。この事件を大逆事件といいます。

 しかし、この大逆事件の受刑者であり死罪となった中に幸徳秋水(こうとくしょうすい)という人物がいます。実はこの人、社会主義運動の中心人物であり日露戦争時には反戦運動を行っていたという政府にとっては邪魔な人物。他の受刑者達もよく調べてみれば、活動家が多くおり、政府にとって目のタンコブであった人物が多くいました。

 裁判が非公開であったことや戦火で記録が焼失されてしまっていますがが、現在では、大逆事件によって逮捕された中の多くは、事件に直接関係のない人達ではなかったのか?といわれています。

 つまり、当時の政府は、宮下太吉の爆発物取締罰則違反と天皇暗殺計画の自白により、宮下とかかわりのある活動家たちを一掃してしまえと、事件と直接かかわりのない人たちをも処罰してしまったと考えられています。

 この大逆事件により、人々は社会主義活動家を危険視するようになり、社会主義運動は大きく後退することになりました。